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レス・ポールとギブソン

 投稿者:ユデバーシュ24  投稿日:2012年 2月12日(日)16時25分7秒
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   お話読ませていただきました。面白い。

 保守的なギブソン。それのてこ入れでやってきたマッカーティ。それに対して、どう考えても前衛的なレス・ポール。意見が違うのも当然ですね。あれは、フェンダーが売れてきて焦ったギブソンのテッド・マッカーティが指示してデザインさせた事は間違いないと思います。あの仕上がりはどう見ても保守的です。しかし、コンセプトはレスポールが既にギブソン社に提示して渡していたのでしょう。以前に許可したという製作補助は、エピフォン工場にやらせ、ギブソン本体はずっとそっぽを向いていたのですから。いくつかの材料から大きさやPUとその位置、ネックの仕込みやスケールやテンションといった事は、レス・ポールのアイデアだったのかもしれません。「こんなの造らないよ、うちの社風に合わない製品だね。それよりもうちの高級箱物使ってよ?」が突然「契約しよう!こんなの造ったからさあ?」に変った慌てかたも理解できます。レス・ポールが「試作品に満足!」というのは、彼のサイズなどの希望がほとんど形になっていたからでしょう。ただし、彼は自分のトラピーズを付けろと主張し、その結果が設計違いの下通しになった。この試作品、実は契約前に既に量産に取り掛かっていて、工場には何ロット何百本かが既に流れていたのでしょうね。跡からの製品はリファインを加えれば良いと。この辺がマッカーティのビジネスです。この辺からのいろいろな不満を、レス・ポールはみんなにそれとなく伝えたかったのでしょう。レス・ポールとレオ・フェンダーはかなり親しく、レス・ポールは「ギブソンと契約できない場合は西海岸へ飛んで、レオとしたはずだよ」といっておりましたから、あの時慌てて契約に山荘へと走るマッカーティは当然かもしれません。レス・ポール・ギブソンを見たフェンダーは仕方なく、自分のところで準備したレス・ポール・モデルを諦め、後のストラトの設計を始め、新たなレス・ポール用のモデル、ジャズマスターを設計熟成してノー・シグネチュアで後に発売したのだと?だから、やたらあれはギブソンを意識した仕様なのでしょう。そういえば、離婚で契約をやめたレス・ポールは日本に来たとき、どこかの日本メーカー(新興楽器?)にコンセプトを提示して造らせています。何かフェンダー・マローダーの試作品のひとつ(今は日本にあるらしい)ぽいのですがね、これ。

 私は、フェンダーが趣味で大きなクルーザーを買ったのは、レス・ポールと会うためだったと思っているひとりです。でも結局、60年代の終わりにまたギブソンと、自ら工場へ出向いて仕事を始めてしまったのがレス・ポールなのです。ああ、かわいそうなレオ・フェンダー?でも、その結果がストラトキャスターを生んだのなら、これはこれで良かったのかも知れませんね。
 
 
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